気骨の値段
崇禎(すうてい)十五年(一六四二)。巷は不景気で、銀の相場は高騰するばかりだ。人の心は浮き足立ち、誰もが今にも崩れ落ちそうな大廈(たいか)の上で、自分だけは沈まぬ梁(はり)にしがみつこうと必死だった。
金陵(きんりょう)、秦淮河(しんわいが)の畔にある「春熙楼(しゅんきろう)」は、私のような蘇州・杭州の絹織物商にとっては欠かせぬ場所である。楼の外には秦淮河の千年変わらぬ咽ぶような水音が響き、楼の内には名高い竜涎香(りゅうぜんこう)と安酒の混じり合った、むせ返るような暖気が満ちている。ここで一度宴席を設けて商談をまとめれば、店先で一ヶ月冷や飯を食うよりも実入りが良いのだ。今宵、私が招いたのは江寧県衙(こうねいけんが)の王(オウ)主簿である。わざわざ河を臨む上席をあつらえ、水面に揺れる灯火を眺められるようにした。新興の権力者が予約した個室とは、「踏雪尋梅(とうせつじんばい)」を描いた湘妃竹(しょうひちく)の屏風一枚で隔てられているだけだ。
席の間、私たちは互いの輝かしい前途について語り合った。まるで声を張り上げさえすれば、その泡のような虚像が本物の金銀財宝に変わるとでも言うように。
隣の席では、野太い声が声高に論じていた。取り巻きの追従を聞く限り、それは新任の錦衣衛(きんいえい)、王千戸(せんこ)であるらしい。揚州の塩商人の出だというが、どのような伝手を頼ったのか、今や飛魚服(ひぎょふく)を身に纏っている。あちらの席の者たちも「お役人様」と口々に持ち上げ、その諂(へつら)いは潮の如しだ。私は心中で密かに嗤った。この世の人というものは、上着を脱げば中身は皆同じようなものだと。
「手前、少々人相見の心得がございまして」
私は杯を掲げ、王主簿に顔を寄せた。
「主簿様の気宇を拝見するに、額(ひたい)は豊かに広く、印堂(眉間)は紅く輝いております。他日、朝廷に登り宰相となられることも、決して夢ではございませんな」
王主簿はこれが大いに気に入ったようで、髭を捻りながら手を振って「滅相もない」と謙遜してみせたが、杯の酒は一気に飲み干し、すぐに顔を赤らめて上機嫌となった。
給仕が酒を新しいものに換えた頃、王主簿はただ飲むだけでは退屈になったのか、声を張り上げて階下へ向かって叫んだ。
「ここの素雪(そせつ)という妓(おんな)を呼べ! 私と南(ナン)の旦那のために二曲ほど歌わせて興を添えさせろ!」
程なくして、珠簾(たますだれ)が微かに鳴り、月白(げっぱく)の衣を纏った女子(おなご)がしずしずと現れた。彼女が素雪である。七弦琴を抱え、体つきは華奢で、目元には風俗の場に特有の従順さを漂わせながらも、どこか凛とした冷ややかさを秘めている。それは書道における隠された筆鋒のようでもあり、繁った葉の中に咲く節々の花のようでもあった。楼の他の妓女たちのような厚化粧はなく、鬢(びん)の辺りに小さな白い珠花を一輪挿しているだけで、どこか書巻の気(インテリジェンス)を感じさせる。噂によれば、彼女は元々京城の東林党(とうりんとう)で、職を追われた御史(監察官)の娘であり、琴棋書画に通じているという。金陵に来て以来、春熙楼の看板妓女となった。ただここ二年ほどは時勢が悪く、客たちは享楽に耽って名妓を囲うか、あるいは憂いに沈んで遊び心を失うかで、彼女が演奏する機会もめっきり減っていた。
彼女は私と王主簿の前でたおやかに拝礼し、柔らかな声で言った。
「王様、南様、お目にかかれて光栄でございます」
王主簿は私の前で自身の「風流」をひけらかしたかったのか、手を振って言った。
「素雪殿、堅苦しい挨拶は無用だ。そなたの弾く『瀟湘水云(しょうしょうすいうん)』は秦淮一だと聞き及んでいる。今日は我々のために一曲、弾じてはくれまいか?」
『瀟湘水云』は古琴の名曲であり、意境は高遠、指法と心境が最も試される曲だ。素雪はそれを聞くと、瞳に一筋の光を宿した。まるで知音(ちいん)を得たかのように。彼女は恭しく琴を案上に置き、音を試した後、白い指で軽く弦を弾いた。すると、玉盤の上を珠が転がるような清らかな琴の音が流れ出した。その音が響くと、個室の中にあった脂ぎった俗気がいくらか洗い流されたようで、私の心までもが静まっていくのを感じた。音色は瀟湘の水気のように柔らかく、ゆっくりと立ち昇って九嶷山(きゅうぎざん)を包み込んでいくようだった。
一節、「洞庭煙雨」も終わらぬうちに、曲の情感が佳境に入ろうとしたその時、屏風の向こうから、あの王千戸の怒鳴り声が炸裂した。
「やめろやめろ! 誰にそんな陰気なものを聴かせようってんだ! 味気ねえ、眠くなるばかりじゃねえか!」
その一喝で、琴の音は唐突に止んだ。無理やり引きちぎられた糸のように。
素雪の指先は弦の上で強張り、彼女の背筋が一瞬にして凍りついたように伸び、顔から血の気が引いていくのが見えた。雅な個室は瞬く間に死のような静寂に包まれ、杯や箸が触れ合う音さえも途絶えた。
王千戸はこの効果にご満悦の様子で、高笑いした。
「今日は俺様の機嫌がいいんだ。そんな古臭い葬式みてえな曲は聞きたくねえ! おい、今流行りの『掛枝児(かえじ)』でも歌え! 上手く歌えりゃ、俺様がたっぷりと褒美をやるぞ!」
『掛枝児』は巷で流行している俚俗(りぞく)の小唄で、歌詞は大胆、曲調は軽薄、好色漢たちが酒の肴にするにはうってつけのものだ。清雅で名を馳せる素雪にこれを歌わせるなど、衆人環視の中で頬を張るに等しい侮辱であった。
素雪はうつむいたまま、しばらく動かなかった。琴の上に置かれた手は、指の関節が白く浮き出ている。私は彼女の胸中で荒れ狂う波濤を感じるようだった。王主簿の顔色は青ざめたり白んだりしていた。何かその場を取り繕う言葉を言いたそうだったが、錦衣衛の権勢を恐れ、結局一言も発することはできなかった。
「どうした、弾くのか弾かんのか?」
王千戸はいらだたしげに言い放ち、手近にあった二錠の銀子を床に投げつけた。銀子が床板にぶつかり、鈍い音を立てる。その重みは軽くなく、音は太鼓のように私たちの心を打ちつけた。
彼女が袖を払って席を立つかと思ったその時、彼女はゆっくりと顔を上げた。
顔に浮かんでいた屈辱と葛藤はきれいに拭い去られ、取って代わったのは、完璧に近い、職業的な媚を含んだ笑みであった。
「千戸様の雅興を削いでしまい、奴(わらわ)の気が利きませなんだ」
彼女は朱唇を開き、一筋の乱れもない平穏な声で言った。
「では、様のために『掛枝児』を一曲、歌わせていただきます」
彼女はあの質素な古琴をそっと脇へ押しやった。まるで、もう一人の自分を突き放すかのように。そして立ち上がり、楽器さえ使わず、手で卓の縁を叩いて拍子を取り、その軽薄なリズムに合わせて艶やかに歌い始めた。その歌声は極めて巧みで、節回しの一つ一つに絶妙な色気が漂い、流し目や身のこなしは、この楼で小唄を専門とするどの妓女よりも情趣に富んでいた。
隣の王千戸と取り巻きたちは爆発的な喝采を送り、卑猥な言葉を浴びせかけ、祝儀の銭を雨のように投げつけた。
一曲歌い終えると、素雪は衣の裾を正して礼をし、ゆっくりと身をかがめて、砕銀や銅銭を一つ一つ拾い上げ始めた。客たちの揶揄に対しても、ただ微かに微笑んで「お笑い種でございます」と答え、再び身をかがめて銭を拾い続けるのだった。
王主簿は乾いた笑いを数回漏らし、隣の席の笑い声に同調しようとした。酒杯を口元まで運んだが、結局飲み下すことはできなかったようだ。
私には、もうあの喧騒は聞こえなかった。私の目は、ただ彼女の笑意に満ちた顔に釘付けになっていた。その笑顔は、縁日で売られる木彫りの面のようで、涙さえもその裏に隠してしまっている。
その瞬間、私は自分自身のことを思い出した。
数日前、応天府尹(府知事)の許可証を得るために、長年秘蔵していた亡き父の唯一の遺品――宋代の端渓(たんけい)の硯(すずり)を、書道を愛好する張という師爺(顧問)に献上した時のことだ。張師爺は硯を受け取ると、一瞥しただけで、脂ぎった献立表の紙を抑える文鎮代わりに使ったのだ。その時、私の顔に張り付いていたのは、まさに今の素雪と同じ、謙虚で誠実な笑顔ではなかったか?
彼女が古琴を押しやったのは、銀子のため。私が硯を献上したのは、前途のため。
なるほど、私たちは同じなのだ。この濁世において、自らに「草標(そうひょう)」を挿し、誰かが値を付けるのを待っているに過ぎない。
違いがあるとすれば、彼女が売るのは琴の音に乗せた風雅であり、私が売るのは心の中にある哀れな矜持(プライド)だということだけだ。私たちの気骨は、一曲の『掛枝児』と一枚の脂ぎった献立表によって折られ、汚されたのだ。
滑稽だ! 私は金銭で彼女の一時の笑顔を買い、彼女の「気骨」を鑑賞しようなどと妄想していたとは!
この時代に、気骨などどこにあるというのか! 聖賢の書にある気骨など、口先だけの仁義道徳を説く「聖人」たちによってすり替えられ、彼ら自身の牌坊(記念碑)を築く材料にされてしまった。泥沼でもがく我々俗人に残されたのは、中身をくり抜かれた一文の値打ちもない抜け殻だけだ。
素雪は祝儀を拾い終えると、王千戸の方へ万福(まんぷく)の礼をし、私たちの方へは二度と視線を向けなかった。
王主簿は不満げに、小声で私に言った。
「所詮は風塵の女よ。客の機嫌取りの曲しか弾けぬ、気骨のかけらもない。放っておこうではないか」
そう言って、口元にあった酒を一気に飲み干した。
私も杯を干したが、その酒は黄連(おうれん)よりも苦かった。一杯また一杯と、清冽でありながら苦渋に満ちた酒を腹に流し込むうち、銭を拾う素雪の頭に一本の「草標」が插さっているのがありありと見えた。そして酒杯を覗き込むと、水鏡に映る私の頭にも、同じものが插さっていた。よく見れば、それはただの簪(かんざし)であったが。
草標は風に揺れ、その意味はこの上なく明白だった。
『売物あり。高値にて求むべし』
NCCはビクッと足を蹴り出し、目を覚ました。目覚まし時計は八時を示している。
朝の光がわずかに差し込む中、NCCは慌てて講義棟へと走り、八時半から始まる就職ガイダンスの授業へ滑り込んだ。教壇では、優秀な卒業生代表だという先輩が、熱弁を振るって経験談を語っている。「……最も重要なのは、尊厳ある仕事を見つけ、我々の人生の価値を実現することです!」
壇下からは割れんばかりの拍手が湧き起こった。
輔導員(カウンセラー)は満面の笑みでスマホを掲げ、人混みの中を行き来しながら、公式アカウントの次の記事に載せるための「意識の高い」角度を探して撮影に勤しんでいる。
NCCはうつむき、プリントアウトしたばかりの、まだ温もりの残る履歴書を見つめた。
そこには、NCCの成績評価点(GPA)、受賞歴、意図的に美化されたインターンシップの経験が羅列されている。自分をより「高く」見せるために、一字一句推敲され、極限まで謙譲語を尽くしたその文面は、まるで酒席で『掛枝児』を艶やかに歌い上げようとする歌女のようだった。
教室中の喝采の中で、NCCだけが、あの消え去った『瀟湘水云』の音色と、奇妙なほどに苦い一杯の酒の味を感じていた。
読者のための注釈
- 崇禎(すうてい)十五年: 西暦1642年。中国・明王朝の最末期。内乱と外敵の侵入により国家は崩壊寸前であり、社会は極度の混乱と退廃にあった。
- 秦淮河(しんわいが): 南京(金陵)を流れる川。当時は富裕層向けの歓楽街であり、教養ある名妓が集まる場所として知られた。
- 錦衣衛(きんいえい): 皇帝直属の軍事組織であり秘密警察。強大な権力を持ち、人々から恐れられていた。
- 飛魚服(ひぎょふく): 皇帝から賜る、高位の官僚や錦衣衛が着用する華美な制服。「飛魚」とは空を飛ぶ魚の姿をした瑞獣の柄のこと。
- 東林党(とうりんとう): 明末の知識人・官僚グループ。政治改革を訴えたが、宦官勢力との抗争に敗れ、多くの者が弾圧された。「清廉潔白だが悲劇的な知識人」の象徴。
- 瀟湘水云(しょうしょうすいうん): 南宋時代に作られた古琴の名曲。山水の美しさと、祖国の行く末を憂う気持ちを表現した高潔な曲とされる。
- 掛枝児(かえじ): 明代に流行した民謡・俗曲。男女の情愛を赤裸々に歌うものが多く、当時の知識人階級からは「卑俗なもの」と見なされることもあった。
- 端渓(たんけい)の硯: 中国広東省で採れる石で作られた最高級の硯。文人にとっての至宝。
- 草標(そうひょう): 【重要】 古くから中国にある風習で、人身売買や物品を売る際、その目印として頭や品物に挿した藁(わら)や草の茎のこと。これを挿すことは「私は売り物です」「誰か買ってください」という屈辱的な意思表示となる。本作の最も重要な隠喩である。